大判例

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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5303号 判決

原告 株式会社日本機関紙印刷所

被告 国

訴訟代理人 越智伝 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、申立

原告代理人は、「被告は原告に対し金三百五十万円及び内金二百万円に対し昭和二八年七月一六日以降、内金百五十万円に対し昭和三一年四月一五日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告代理人は請求棄却砂判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は次のとおりである。

二、原告主張の請求原因。

(一)  原告は労働組合並びに民主的諸団体の機関紙、出版物及び一般的文化的出版物の印刷を業とする株式会社である。労働組合の機関紙の印刷を引受ける点において多少の特色はあるが、実態は通常の印刷業者と異るところはない。

(二)  昭和二五年七月二四日、法務府特審局長吉河光貞は、「新文化」及び「労働新聞」なる機関紙に対する発行停止命令の執行確保のためと称して、特審局第四課員を原告会社社屋に侵入させ、原告会社が当時所有していた唯一の輪転機であるマリノニ式輪転機のほか平台印刷機二台その他一六点を差押え、封印を施し、これらの使用を不能ならしめ、

昭和二六年五月二四日、右特審局長ほ、「労働者」なる機関紙に対する発行停止命令執行確保のためと称し特審局員をして原告会社社屋の一部であり、印刷引受のためには不可欠の施設である大組室、発送室の二室に封印を施させその使用を不能ならしめた。

平台印刷機二台に対する封印は昭和二五年九月一八日、大組室及び発送室の封印は昭和二六年一二月二一日、マリノニ式輪転機の封印は昭和二七年四月二四日それぞれ解除されたが、原告会社はこのため次のような損害を蒙つた。

(1)  外注した印刷費 金二、二三五、〇三四円。

(2)  輪転機賃借料 一、二〇八、三五五円。

(3)  封印奪れたマリノニ式輪転機の価格減損額 一、七五一、八六六円。

(4)  右輪転機従業員退職時までの給料及び退職見舞金 九六、六六一円。

(5)  増員を余儀なくされた鉛板従業員三人分給料 一二〇、五八四円。

(6)  事態収拾のために要した弁護士費用、国会議員等に対する陳情に要した経費、増加した夜間宿直費用、「ローマ字新聞社」の輪転機賃借に伴い同社内の整備、資材用具運搬に要した経費 一〇一、七〇〇円。

(7)  印刷機等封印により停刊を余儀なくされた数種の機関紙発行先から原告が回収することができなくなつた印刷代、立替え用紙代、発送代、発送用切手代 一、三八一、五八八円。

合計 六、八九五、七八八円。

右の損害についてなお詳述すれば次のとおりである。すなわち

(1)  輪転機を封印された昭和二五年七月二四日から昭和二七年四月二四日までの間、原告は受注した印刷を他社に委託することを余儀なくされた。他社に委託したのは輪転機による印刷であり、そのため鉛版作製をも他社に委託した。組版、紙型及び発送作業は原告会社が行つた。輪転機が封印されなければ他社に委託した印刷作業費は当然原告の収入となつた筈であり、被告の違法な本件行為により原告は右に掲記の金額相当の得べかりし利益を喪失したことになる。もつとも外注した印刷物を原告会社で印刷したとすれば、印刷のためには人件費、電力代、インク代の支出を必要としたわけであるから右必要費は上記金額から差引くべきであるが、本件輪転機封印後、原告は平台印刷機の能力を増強して受注印刷を消化しなければならなくなり、輪転機従業員退職後は平台従業員を増員し、平台印刷機を増設し、運転時間延長をしたため電力料及びインク代は輪転機不使用後も従前より減少しなかつたのである。これらを考慮すれば、前記人件費、電力料、インク代の差引はこの際は考慮に入れる必要はない。

(2)  本件輪転機封印後、原告は受注印刷物印刷のため、昭和二六年五月二四日まで、東京都港区西芝浦三丁目一番地「ローマ字新聞社」所有の輪転機を賃借し、その賃料の支払を余儀なくされた。

(3)  本件輪転機は使用不能のまま一年一〇カ月に亘り放置されたため鉄製部分は腐銹し、ゴム製部分は変質し、封印解除後は単なるスクラップとしての価格しか残存しなかつた。原告は昭和三一年二月下旬スクラップ相場の騰貴を好機として売却した。売却に際しての業者との打合せ、労務者の慰労費、解体搬出費等諸経費を差引くと現実に収納しえた金額は一九九、一二八円である。従つて昭和二五年八月三一日の原告会社決算期におけぬ帳簿価格から右収納額を控除した、金一、七五一、八六六円が輪転機評価損として原告が蒙つた損害である。

(4)  本件輪転機封印直後は前記「ローマ字新聞社」の輪転機を賃借することができたので輪転機従業員はそのまま雇用しえたのであるが、昭和二六年五月二四日右新聞社の輪転機も被告によつて差押封印されたため輪転機従業員は一ヵ月の猶予期間を置いて退職せしめざるをえなくなつた。従つて右猶予期間中の輪転機従業員の給料及び退職時の退職見舞金は被告の行為による損害である。

(5)  本件輪転機が封印されこれに代るものとして「ローマ字新聞社」の輪転機を賃借し印刷することとしたため、鉛版従業員を右新聞社にも配置しなければならなくなり、二名増員した。原告会社工場内における鉛版従業員は紙型及び平台印刷機用の鉛版作製に従事し、ローマ字新聞社においては原告会社工場で作製した紙型により輪転機用の鉛版を作製させなければならなかつた。輪転機の円胴に取付ける鉛版の厚さは各機械毎に個有の寸法をもつている。従つて或る社の輪転機の円胴に合せた鋳型により鋳造された鉛版は他社の輪転機に取付けることは不可能な場合が多い。しかも鉛版は紙型の如く軽くなく大版一枚分の重さは約六貫ある。加えて鉛版はその表面にインクを付しこれを紙面に押しつけて印刷するものであるから傷つけないよう充分に保護されなければならず、時間を急ぐ新聞印刷にあつてはその運搬はとてもできないことである。よつて原告が「ローマ字新聞社」の輪転機を賃借した際には、特に右新聞社に鉛版従業員を派遣しなければならなかつた。

(6)  事態収拾のために要した諸経費等については前寂につけ加えるところはない。

(7)  「アカハタ」の後継紙もしくは同類紙であるとの被告の不当な認定により発行停止の処分を受け、あるいは本件輪転機封印措置のため、それまで継続して発行されていた「新文化」「労働新聞」「民主青年新聞」「労働者」「平和婦人新聞」は突如停刊せざるをえなくなつた。これら停刊紙に対する購読料または発行団体えの会費は忽ち回収不能となり財政破綻に陥り原告会社えの印刷代金あるいは原告がこれら団体のために立替え支出していた用紙代、発送用切手代が支払われなくなつた。これらは被告の本件措置に起因する原告の損害である。

(三)  特審局長のした上記各差押、封印行為の違法性は甚しいものであり、それは次の諸点にある。

(1)  本件差押封印はなんら法令上の根拠なく、いわんや正当な司法官憲の令状、正当な裁判手続によらずに執行されたものである。本件各執行についてはその瞬間に至るまで原告は「新文化」が「アカハタ」の後継紙であり、「労働新聞」及び「労働者」が同類紙であるとは通知されず、その印刷停止の警告も予告も受けて居らず突如として執行を受けた。しかも発行停止の措置をとられた上記各紙の編集、出版についてはなんらの関係もない原告会社の印刷機械等を差押え封印を施して約二年の長期に亘り印刷所としての機能を停止せしめる如き執行は、明らかに憲法第一一条、第一三条、第一四条、第一九条、第二一条、第二三条、第二九条、第三二条、第三五条に違反する違法なものである。

(2)  仮りに本件各封印行為は、連合国最高司令官から内閣総理大臣に宛てられた昭和二五年六月二六日附及び同年七月一八日附の「アカハタ」及びその後継紙又は同類紙の無期限発行停止に必要な措置をとるべき旨の書簡に基き特審局長がしたものであり、かつ単なる右の如き書簡にも連合国最高司令官の日本政府に対する指令としての効力があるとしても、元来降伏文書第一項及び第六項によると、ポツダム宣言に基く連合国の日本管理は天皇及び日本政府等日本の統治機構の存在を前提としそれを通じて行われることとされている。従つて連合国最高司令官はかかる機構を通じて間接に日本を管理しなければならない。故に前記指令が発せられた場合においてもこれを実施するため、日本国憲法に違反しない法令を定めて指令を執行しなければならないのに、本件各執行はかかる法令上の根拠を全く欠いている。

(3)  また上記各書簡はポツダム宣言並びにヘーグの「陸戦法規慣例に関する条約」第四三条、第四六条に違反し無効である。

昭和二〇年九月二日の降伏文書に日本が調印したことによつてポツダム宣言の受諾は法的に確定したが、連合国の占領政策はポツダム宣言の内容を不可欠の前提としている。ただに日本がこれに拘束されるのみならず、連合国もまた同宣言に拘束されこれを遵守する義務がある。しかしてポツダム宣言第一〇項には「日本帝国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障碍ヲ除去スベシ、言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」と明記され、同項の趣旨に沿い一九四五年九月二四日連合国最高司令部から発せられた「新聞ノ政府ヨリノ分離ニ関スル覚書」は、日本における自由な諸傾向を更に促進し世界のニユース源の自由な入手を確保するために日本帝国政府は今後ニユースの領布に対する政府の制限を除き新聞及び通信社に対する政府の直接または間接の支配を廃止する上に必要な措置を採るようにと指令し、一九四五年九月二七日付の「新聞及言論ノ自由ニツイテノ追加措置」なる覚書では、日本帝国政府は最高司令部の命令による場合の外新聞或は其の発行人又はその使用職員等に対して如何なる政策、意見の発表についても処罰することはできない、如何なる政府機関も新聞取締規則を発布することはできない、又直接間接に圧迫を加えて発表者の意思に反する編集政策を強制することは許されないとされ、更に一九四六年二月二六日には「禁止図書其ノ他ノ出版物ニ関スル覚書」が発せられ、日本帝国政府は公共図書館又は教育図書館に於て書籍、小冊子、定期刊行物其の他の出版物の自由な閲覧を制限するような明示的又は内意的な一切の法律命令布告指令其の他の政府の規則を廃止すべき旨が指令され、一九四六年一〇月四日の「政治的市民的及び宗教的自由ニ関スル制限ノ除去」についての覚書では、思想、宗教、集会の自由、天皇、天皇制及び日本帝国政府についての自由な討論を含む言論の自由についての制限を作り又は存続しようとする一切の法令の即時撤廃、情報の蒐集と伝播についての制限の除去が指令されている。これら一連の言論、思想の自由及び基本的人権を制限する障碍除去に関する指令に対照すると前記昭和二五年六月二六日付及び昭和二五年七月一八日付最高司令官の書簡はポツダム宣言に違反すること明らかである。

「陸戦ノ法規慣例ニ関スルヘーグ条約」第四三条は、「国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ占領者ハ絶対的ノ支障ナキ限リ占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ」と規定し、同第四六条は、「家ノ名誉及権利個人ノ生命私有財産並宗教ノ信仰及其ノ遵行ハ之ヲ尊重スヘシ私有財産ハ之ヲ没収スルコトヲ得ス」と規定しているが前記書簡はかかる確立された国際法及び国際正義に違反している。

しかして、日本政府は最高司令官の指令がポツダム宣言あるいは確立された国際法に違反している場合にはこれを批判しその是正を求める義務があるのであるが、かかる義務を尽さず漫然と前記書簡に盲従した特審局長の本件執行は違法である。

(4)  またその指令の趣旨に副つて執行したのは被告国の責任においてであり、執行を担当したのは法務府特審局長である。連合国最高司令官の指令を執行したからと言つて特審、局長が連合国最高司令部の執行機関となるものではない。

特審局長は日本政府の機関であり、本件封印行為は特審局の個有の事務であろうとまた臨時特殊の事務であるとにかかわらず特審局長が国の行政機関としてした行為である。特審局が官制上あるいは機構上日本政府の機関たる性質を失い連合国最高司令官に直属し機構上その執行機関となつたことは未だ嘗て知らない。昭和二六年五月一八日、法務総裁が「労働者」編集印刷発行人大竹喜代四に宛てた伝達書(甲第一号証。)によれば、内閣総理大臣は連合国最高司令官から日本共産党機関紙及びその同類紙一切の発行を無期限に停止することを命ぜられ、法務総裁は内閣総理大臣から右停止に関する措置の執行を委任されたとされているし、昭和二五年七月二六日の衆議院法務委員会において法務総裁は、押収、捜索並びに輪転機の封印については法務総裁の責任において命令し実施したと明言し、特審局長吉河光貞も同一趣旨の答弁をし、昭和二七年三月二八日内閣、総理大臣吉田茂は衆議院における「印刷機その他の封印措置に関する質問」に対する衆議院議長宛答弁書において「政府」が日本共産党機関紙「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の発行停止措置をとりその印刷発行施設の封印を行つて来た旨明言している。

本件執行に当つてはすべて占領軍の責任者もしくは官憲は来場せず、専ら特審局員の自由裁量によつて執行処分が強行されたのであるが、それより先、連合国最高司令官の前掲各書簡「アカハタ」あるいはその後継紙又は同類紙の発行停止の指令に基き、「新文化」を「アカハタ」の後継紙と認定し、「労働新聞」及び「労働者」を同類紙と認定したのは法務総裁並に特審局長の独自の責任による行為であるが、右は法務総裁並びに特審局長の故意又は過失による誤認である

「アカハタ」は日本共産党の中央機関紙として同党の綱領、政策を掲げ党員その他を指導啓発するものであるところ、「労働新聞」及び「労働者」は勤労者を中心とする読者に一般的ニユースを報道する大衆的新聞であるに過ぎず、「新文化」は一交化団体である日本民主主義文化連盟の機関紙たるに過ぎず、いずれも「アカハタ」の同類紙あるいは後継紙たる性格を有するものではない。

法務総裁あるいは特審局長のかかる誤認に基いてされた本件封印行為は違法である。

また、連合国最高司令官の指令を執行する場合においても、日本政府は日本国憲法の規定に従つてすることを要する。

(5)  次に原告は印刷のみを業とする会社であつて、編集、発行は一切行つていない。「新文化」「労働新聞」「労働者」についても原告は単に注文により印刷を引受けただけであり、その編集、発行には全く関係していない。各封印行為時までは右各紙はいずれも合法的に発行され、発行禁止または停止の処分を受けていなかつたものであり、しかも昭和二五年七月二四日の本件執行当時原告会社においては、いまだ「新文化」及び「労働新聞」の印刷はしていなかつたのである。右各紙の如きは原告が営業上引受けた印刷の極く一部分に過ぎず、原告は労働組合の出版物のほかにも広く民主的文化的印刷物一般、例えば各種商工組合の出版物や緑風会の機関紙あるいは反共的団体の機関紙までも印刷していたのである。仮りに前記「新文化」「労働新聞」「労働者」の三紙について発行停止の命令があり、その執行を確保する必要があつたとしても、被告国は原告に対し停止命令のあつたことを通知し、その印刷を禁止する旨を通告すれば必要かつ充分であつた。しかるにかかわらず特審局長はその局員をして右相当な範囲を逸脱し、発行停止処分を受けた新聞紙の編集、出版には関係のない原告会社所有の輪転機、平台印刷機及び原告の社屋中の大組室、発送室に封印を施さしめて使用不能ならしめ故意に原告の営業を妨害したのは職権の濫用であり適法な行政行為とはいえない。

(6)  仮りに本件各執行行為がいわゆる連合国最高司令官の直接管理によるものとして最高司令官から指令が出されたにしてもその執行行為は指令とは独立して被告国の帰責行為となりうる。このことは昭和三三年一月二九日の最高裁判所大法廷判決(同庁昭和二七年(れ)第七三号。)によつても明らかである。すなわち、右判決は、わが国の公務員が連合国最高司令官またはその委任に基き進駐軍当局が占領目的遂行のために発した命令に基き進駐軍当局の占領目的遂行のための行動に協力しまたはこれを補助する行為は刑法第九五条第一項にいう公務員の職務の執行に当るとし、右行為はわが国の公務員としてわが国の公務を執行する行為であることを明らかにしている。そして右行為とは行政処分であると刑事処分であるとを問わないと解すべきであり、従つて特審局長が連合国最高司令官の発した占領目的遂行のための命令に基き占領目的遂行に協力するためにした本件執行行為は、我が国の公務員として、わが国の公務を執行したものというべく、右執行に当り公務員たる特審局長に故意又は過失があり違法に国民の権利を侵害した場合においては国が損害賠償責任を負うことは当然である。

(7)  また、連合国最高司令官の直接管理による執行であつても、本件各執行は上叙の毎くポツダム宣言あるいはヘーグの陸戦法規慣例に関する条約に違反した違法なものであり、連合国最高司令官は執行に際しては日本国憲法に準拠しなければならないのに、この点でも前叙の如く憲法に違反している。

さらに最高司令官は日本政府に対して本件原告の印刷機等の差押封印までも指令した事実はない。

日本政府には最高司令官の指令がポツダム宣言あるいは確立された国際法から逸脱していればこれを批判しその是正を求める義務があるのにこれらの義務を尽さず、前記書簡による指令に盲従しかつ指令の範囲を逸脱してした特審局長の本件執行行為は違法である。

(8)  仮りに以上の主張にして理由がないとしても、昭和二七年四月二八日調印された対日講和条約が同日発効したのちは、日本国は独立自主の立場から憲法に基いて連合国最高司令官のした一切の指令を検討することができるし、違法な指令の執行による損害についてはこれを賠償すべき義務がある。

しかして連合国最高司令官のした「アカハタ」及びその同類紙後継紙の発行停止とこれに伴う処分は明らかに憲法第一九条、二一条等に違反する違法なものであるから、被告国はこれに因つて生じた原告の損害を賠償しなければならない。その故にこそ被告は前記講和条約発効の直前たる昭和二七年四月二四日急遽封印を解除するに至つたものである。

(四)  よつて原告は被告に対し国家賠償法に基き前記損害額のうち金三百五十万円及び内金二百万円につき本件訴状送達の日の翌日である昭和二八年七月一六日以降、内金百五十万円につき昭和三一年四月一四日附訴状訂正申立書副本が相手方代理人に交付された日の翌日である昭和三一年四月一五日以降各完済迄民法所定の年五分割合による遅延損害金の支払を求める。

三、被告の答弁

(一)  原告が印刷を業とする株式会社であること、原告主張の各日時に特審局局員が原告主張の差押を行い封印を施したこと、本件差押時までに「新文化」「労働新聞」が発行禁止あるいは停止の処分を受けていなかつたこと、原告主張の各日時に封印が解除されたこと、原告主張の訴状訂正申立書副本が被告代理人に交付された日の翌日が昭和三一年四月一五日であることはいずれも認めるが、その他の事実はすべて争う。

(二)  本件執行は連合国最高司令官の執行機関による執行であつて、国の公権力の行使によるものではないから、国の公権力の行使であることを前提とする原告の請求は失当である。

(三)  昭和二五年六月二六日附及び昭和二五年七月一八日附書簡により連合国最高司令官から内閣総理大臣にあて、「アカハタ」の発行を無期限に停止させるため直ちに必要な措置をとるべき旨の指令が発せられ、指令を直ちに執行することが命ぜられた。しかして昭和二五年六月二六日附の指令の発令直後、総司令部より右指令中の「アカハタ発行停止のための必要な措置」には「アカハタ」の後継紙、同類紙の発行を停止させる措置をも含み、捜索、押収、印刷機械その他関係施設の封印、監視その他必要な一切の措置を意味する旨の具体的解釈が示された。

なお、一九四五年九月二〇日指令第二号第一部総則の四によれば、最高司令官の権限により発せられた訓令については発令官憲の解釈をもつて最終的なものとすることが明示されている。

よつて内閣総理大臣は法務総裁に右指令の執行を委任し、法務総裁は特審局長に右指令の執行を命令した。

後継紙、同類紙の認定の権限は最高司令官にあり、日本政府の関与するところではなかつた。停刊すべしと決定された「新文化」及び「労働新聞」については昭和二五年七月一八日から同月二四日の間において総司令部民政局長から法務総裁に対し各機関紙ごとに執行の日時と方法を具体的に明示して指令があり、指令の執行措置は執行後直ちにその詳細を総司令部に報告しすべてその承認を求めることを義務づけられ、指令の措置にそわない執行は承認を得られず直ちに取消変更を命ぜられることになつているとともに、指令の趣旨に合致しているものとして承認を与えられたものは最高司令官の指令の執行行為として確認されることになつていた。

そして昭和二五年七月二四日最高司令官から特審局担当官に対し、口頭で、「新文化」を「アカハタ」の後継紙、「労働新聞」を「アカハタ」の同類紙と認め、これらの発行停止に必要な一切の措置をとるべきこと、右発行停止の措置は同日行うこと、必要な一切の措置としては両停刊機関紙の押収のほかに両紙の編集印刷をしている原告の社屋の捜索並びに施設、印刷機械器具等の封印差押をなすべきことなど具体的に執行の日時、方法まで指令されたので、特審局長はその指令のとおり、同日本件執行をし、直ちに最高司令官に報告してその承認を得たのである。指令の受領責任者は吉河光貞特審局長か吉橋第四課長かのいずれかである。

「労働者」発行停止の指令は、同様な方法で、昭和二六年五月一六、七日頃発せられ、特審局調査第三課長柳瀬乙三がこれを受領した。

以上の如く本件措置に関する限り被告国としてはなんらの裁量をも加える余地が無かつたのである。本件差押封印の執行に当つて特審局員がなんらかの裁量を行つたとしても、それは被告国の機関としての裁量ではなく、あくまでも連合国最高司令官の手足としての裁量である。内閣総理大臣以下執行に当つた特審局職員も被告国の独自の権限のもとに処分を行つたものではなく、最高司令官の執行機関としてしたに過ぎない。本件執行行為は日本国の統治権を行使するものではなく、一般行政処分の範囲に属しない。

もつとも特審局長吉河光貞が政府委員として、第八回国会衆議院法務委員会において、梨木委員の「新女化や労働新聞をアカハタの後継紙または同類紙と解釈し認定したのは日本政府か司令部か」との質問に対し、「認定したのは日本政府であるが命令発出権者は、日本政府が自主的な責任において行つたことについて、逸脱すればこれを補正し、不足があればこれに追加を命ずる権限を有している。今回の認定にも日本政府の自主的責任において行つた。」旨答弁したことはある。しかし右答弁は措辞簡に失し明確でない。同類舐、後継紙認定の権限が法務総裁にあり、また事実法務総裁の責任において認定したという趣旨ではない。同類紙または後継紙認定の手続は次のとおりであつた。

最高司令官が発した「アカハタ」並びにその後継紙及び同類紙の発行停止の指令により義務づけられた「必要な措置」の一環として、特審局は「アカハタ」停刊措置以後、後継紙、同類紙の発行状況を調査し、その結果後継紙又は同類紙として停刊すべきものと認められるものについては法務総裁の決裁を受けたうえ最高司令官の代行者である総司令部民政局長にその旨の報告をなし、総司令部ではさらに直属の機関により調査し検討を加え、後継紙または同類紙として停刊すべきものと決定したものについては、具体的な執行命令が出されたのである。これを要するに同類紙または後継紙の発行状況の調査及び認定は、特審局があらかじめ総司令部の指示女は指令をまたず一応自主的に調査、認定して総司令部に報告し、これにより総司令部では補正あるいは追加して最終的に認定するのである。

しかして最高司令官が「新文化」を「アカハタ」の後継紙、「労働新聞」を「アカハタ」の同類紙と認定したのは相当である。右認定が誤つていたならば、誤つた認定のうえに立つての最高司令官の指令もまた無効であろう。しかし「新文化」「労働新聞」は単なる娯楽紙や文芸紙ではなく、いずれも連合国最高司令官の占領政策を批難し共産主義活動を慫する記事をもつて主たる内容とする新聞紙である。これらの刑行物が占領目的遂行にどの程度の障害を与えるものであるかの判断は別としても、これらを「アカハタ」の後継紙もしくは同類紙と認定したのは相当であり、特審局職員が右認定に基く指令を拒否しなかつた点において違法はない。

(四)  次に連合国の日本管理は原則としては間接管理であつた。日本政府は連合国最高司令官から指令を受け、それに従つて国内法上の立法的、行政的措置を講じていた。しかし右はあくまでも原則にとどまるものであつて、連合国は直接管理の権限を抛棄してはいなかつた。

このことは、一九四五年九月二二日に発表された「降伏後におけるアメリカの初期の対日方針」第二部項に「天皇及び日本政府の権能は降伏条項を実施し、日本の占領及び管理のため樹立された政策を実行するため必要なる一切の権力を有する最高司令官の下にあるものとする。日本社会の現在の性格並びに最小の兵力及び資材により目的を達成せんとする米国の希望に鑑み、最高司令官は、米国の目的達成を満足に促進する限りにおいては天皇を含む日本政府機関及び諸機関を通じてその権力を行使すべし。日本政府は最高司令官の指示の下に国内行政事項に関し通常の政治機能を行使することを許容せらるべし。但し右の方針は天皇又は他の日本の機関が降伏条項実施上最高司令官の要求を満足に果さざる場合最高司令官が政府機構又は入事の変更を要求し、乃至は直接行動する権利及び義務の下に置かるるものとす。なお右の方針は最高司令官をして米国の目的達成を企図する前進的改革を抑えて天皇又は他の日本の政府機関を支持せんとするものにあらず。即ち右の方針は現在の日本の統治形式を利用せんとするものにしてこれを支持せんとするものにあらず。封建的又は権力主義的傾向を修正せんとする統治形式の変更は日本政府によると日本国民に依るとを問わず許容せられ、且つ支持せらるべし。かかる変更の実現のため日本国民又は日本政府がその反対者抑圧のため強力を行使する場合においては、最高司令官は麾下の部隊の安全並びに占領の目的達成を保障するに必要なる限度においてこれに干渉するものとす」とあること、また一九四五年九月二四日附「連合国最高司令官の権限に関する訓令」第二項に「日本の管理は満足なる結果を生ずる限りにおいて日本政府を通じて行わるべし。このことは必要あるときに直接に行動すべき貴下の権利を害することなし。兵力の行使を含み貴下の必要と認むる如き措置を用いて貴下は貴下により発せられた命令を執行することを得。」とあることを見ても明らかである。連合国最高司令官は占領目的達成に必要な場合には直接管理する権限を保留するとともに直接管理をもすることを義務づけられていた。

(五)  もとより直接管理の場合においても最高司令官は日本政府の相当機関を直接その機関もしくは手足として利用することを妨げるものではないから個々の具体的指令が間接管理方式に属するものであるか直接管理方式に属するものであるかはその指令の執行に日本政府機関を当たらしめるか否かによつて定まるものではなく、一つに該当指令についての最高司令官の解釈によるものであり日本政府はその解釈を争うことを許されなかつた。

本件昭和二五年六月二六日附の「アカハタ」の発行停止に関する書簡等一連の指令については、その執行のために日本国内法上の措置をとることなく指令をそのまま直ちに執行するよう命じられており、最高司令官が指令の要件事実を認定し、具体的執行命令を発し、執行措置について事実認定をするなど指令の執行についてはすべて最高司令官の権限に留保している。また、本件執行行為に関しては日本の裁判所による裁判権が認められなかつたことからも、本件執行が最高司令官の直接管理による行為であることが明らかである。

かかる場合においては、日本の行政機関は指令を執行するに必要な限度において最高司令官の執行機関となるのであるが、さりとて行政組織法上日本政府の機関たる性質を失つて最高司令官の直属機関となるものではない。

(六)  連合国最高司令官は、占領目的遂行のため適当と認める措置はいつでもとりうるものであつて、それについては日本国憲法及びそれに基く法令の制約をうけない。最高司令官の発する命令、指示がたとえ日本国法令に抵触するところがあつても日本国政府及び国民はこれに誠実かつ迅速に服従する義務を有する。

「アカハタ」及びその後継紙、同類紙の無期限発行停止という法規範を定立した昭和二五年六月二六日及び同年七月一八日附最高司令官より内閣総理大臣宛書簡(昭和二七年四月二日最高裁判所大法廷判決。民集六巻四号三八七頁参照。)は国民に対しては共産主義者又はその支持者に報道機関を利用せしめざるべき義務を課し、政府に対してはかる義務に違反する者を「連合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令」(昭和二一年六月一二日勅令第三一一号)によつて処罰すべき義務を課した。

しかしこのことは右書簡による指令の線に沿つて連合国最高司令官が自ら適当と考える手段方法を構ずる権限を保有するものであつて、その権限の行使に当つては日本国法令の制約を受けなかつた。従つて原告会社を指令に違反する者として日本国をして勅令三一一号に則り処罰せしめることも可能であつたが、それとは別に最高司令官自ら発行停止に必要だと考える措置をとることもできたのである。最高司令官の指令どおりにその補助者として行動した特審局職員が事前通告もなく、また国内法上の司法官憲の令状もなく本件執行をしたとしても違法ではない。

(七)  連合国最高司令官は資本主義体制のもとにおける日本国の民主化を図ることをもつて日本国管理の基本原理としていた。このことは共産主義者の考え方と相反する。共産主義者は米ソの対立が緊迫してくるにつれて米国の対日政策、連合国最高司令官の占領政策を批難し、これに対する抵抗を教唆せん動し、陰に陽に占領軍の行動を妨害するに至つた。占領下における言論並びに行動の自由は占領下という特殊な事情により一定の制限があることは当然である。その制限をどの程度緩めるかどの程度強化するかは占領軍の裁量に任せられた。従つてある言動を占領目的に違反するものであるか否かを決定する最終権限は最高司令官に留保されていた。最高司令官がその権限に基いてした決定を被占領者である日本国民もしくは日本政府が審査し、占領目的遂行上不当なものであるとすることは許されないし、それがたとえポツダム宣言や降伏条項に違反すると考えても、最高司令官がこれらに適合するとの解釈を示す以上、その解釈を争うことは許されなかつた。

もとより最高司令官の措置が明らかに裁量の範囲をこえるものであつた場合は日本政府は最高司令官の措置に服従し、忍従する義務はない。しかし原告は、連合国の占領政策を阻害すると上記の如く正当に認定された「新文化」「労働新聞」を印刷していたものであるから、最高司令官が原告会社所有の本件印刷機械等を差押え封印したことにつき、裁量の範囲を逸脱しているとは言えない。

以上の次第であるから本件措置に関しては国家賠償法の適用はなく被告国には同法による損害賠償義務はない。

(八)  仮りに本件執行が最高司令官の行為であると同時に被告国の公権力の行使にも当る場合であり、国家賠償法適用の問題が起りうるとしても、本件執行は国内的にも法規範として定立された最高司令官の指令すなわち「アカハタ」の後継紙、同類紙の発行停止のため「必要な措置」をとれとの命令を受けた特審局長が前記最高司令官の指令の具体的解釈に従い、かつ最高司令官から右指令に関する具体的執行命令を受けて指令の執行をしたものであり、しかも前述の如く執行後直ちにその詳細を最高司令官に報告しその承認を得たものであつて、本件差押封印等の処分をしたことにつきなんら違法な点はない。

(九)  仮りに被告の処分によつて原告に損害が生じたとしても、被告の処分と原告主張の損害との間には相当因果関係がない。すなわち

(1)  外注印刷費については少くもその損害額は外注費と自家印刷経費との差額、即ち外注費から外注分を原告会社において印刷したとすれば要すべき人件費、用紙代、インク代等の材料費、電力料等の諸経費を控除した残額とすべきである。仮りに右諸経費は本件処分以前と以後とにおいて変化がなかつたとしても、それは原告が他の仕事をしたためかあるいは濫費したことによるのであつて、そのため外注費全額を損害額として主張しえないこと当然である。

(2)  輪転機評価損失額については、輪転機は差押がなく使用されていたとすれば磨滅毀損すべきものであるから、輪転機の評価は差押解除時までの減価償却額を控除した額とすべきである。業者打合費用、労務者慰労費、解体搬出費は本件執行とは相当因果関係がない。右経費は本件執行があつてもなくてもいずれは必要となる経費である。

(3)  輪転機従業員退職猶予期間給料については、従業員はいずれは退職し、退職金、見舞金は支給を免れないものであるから右は本件執行と因果関係はない。

(4)  鉛版従業員増員給料については、原告会社が他の会社工場所在の輪転機を借受けることは本件執行当時被告の予見しえなかつた事情である。かかる特別の事情によつて生じた損害は請求することができない。

(5)  事態収拾所要経費は、すべて本件執行とは相当因果関係を有しない。

(6)  売掛金、立替金未収額については、原告の主張する回収不能はいずれも原告会社に対する本件執行から生じたものではなく、「アカハタ」の後継紙または同類紙の発行停止の措置から間接に生じたものである。

四、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告が印刷を業とする株式会社であること、昭和二五年七月二四日法務府特審局局員が原告会社社屋において原告所有のマリノニ式輪転機一台、平台印刷機二台その他一六点の物件を差押え、封印を施し使用不能ならしめたこと、昭和二六年五月二四日特審局局員が原告会社社屋の一部である大組室、発送室の二室に封印を施しその使用を不能ならしめたこと及び平台印刷機二台に対する差押封印は昭和二五年九月一八日、大組室並びに発送室の封印は昭和二六年一二月二一日、マリノ、二式輪転機の差押封印は昭和二七年四月二四日それぞれ解除されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、このような原告所有の印刷機械等の差押並びに封印による使用禁止の措置がされるに至つた経過は、前記当事者間に争いのない事実に原本の存在並びに成立について争いのない甲第一、第一四、第一五号証、成立について争いのない甲第一〇、第一六号証、乙第一、第二、第九号証に証人吉橋敏雄、柳瀬乙三の各証言によると次のとおりであつたことが認められる。すなわち、

連合国の我が国占領中、連合国最高司令官は、内閣総理大臣に宛て、昭和二五年六月二六日附書簡をもつて「アカハタ」の発行を三〇日間停止させるために必要な措置をとるべき旨指令し、さらに同年七月一八日附書簡をもつて「アカハタ」及びの後継紙並びに同類紙の発行を無期限に停止させるために必要な措置をとるべき旨の指令を発行し、右指令を直ちに執行するよう命じた。内閣総理大臣は右措置の執行を法務総裁に委任し、法務総裁は特審局長吉河光貞に右指令の執行を命令した。

特審局長な、昭和二六年六月二六日の「アカハタ」の発行を三〇日間停止させるべしとの指令を執行するに当り、それはいわゆる間接管理方式によるものとして日本政府が連合国最高司令官の命を受け、国内統治の行為として行うべきものなのか、(すなわち、日本の法制に従つて執行すべきものであつて現行法にこれをなしうべき根拠がなければ特に立法措置を講ずる必要があるものなのか、)それともいわゆる直接管理によるものとして連合国最高司令官が占領当局者として日本管理につき保有する権限に基き直接右「アカハタ」発行停止を命令し、その命令執行行為も自己の行為として行わしめる趣旨であるのか不明であり、また右指令にいう「必要な措置」とはいかなる措置をいうのかも明かでないので、これを確かめるため同日夜連合国総司令部係官に面会し、右の諸点をたしかめた。これに対し総司令部係官は第一の点については、総司令官の指令に対立する日本の国内法を制定したうえ国内法に基いて停止の執行をせよとの趣旨ではない、右指令をそのまま執行すべきであり、執行したときにはそのてんまつを総司令部に報告し承認をうくべしと述べ、第二の点については「アカハタ」の編集、印刷、発行、配布に関する一切の資料、器材並びに施設を捜索し、押収封印監守することを要する旨述べた。そして特審局長は総司令部係官の具体的指示に従つて「アカハタ」を印刷していた「あかつき印刷株式会社」の印刷機械、材料、工場建物の封印差押を実施し、その執行を総司令部係官に報告し、その承認をえた。

その後、特審局及び総司令部民政局では「アカハタ」及びその後継紙又は同類紙の発行状況を調査していたが、昭和二六年七月一八日附で連合国最高司令官から上記の如く「アカハタ」及びその後継紙又は同類紙の発行を無期限に停止させるために必要な措置をとるべき旨の指令が発せられた。その際「アカハタ」の後継紙並びに同類紙の認定は一切最高司令官の権限において行われ、その認定に基き総司令部民政局長は、特審局長の代理者である同局第四課長吉橋敏男に対し口頭で「新文化」はアカハタの後継紙であり「労働新聞」は「アカハタ」の同類紙であると認定されたこと、よつてこれらの発行停止に必要な一切の措置をとるべきこと、その措置は同月二四日中に行うべく措置としては両停刊紙の押収のほかに、両紙の印刷をしている原告会社社屋を捜索し施設、印刷機械器具に対して差押封印をなし、使用不能とすべく、措置執行後は直ちに報告して総司令部の承認をうべきことを指令したので、特審局長は、同日、特審局局員をして原告会社において原告会社所有のマリノニ式輪転機一台、平台印刷機二台、ゲラ台一台、カツト台一箱、「新文化」合計四五部、「労働新聞」合計二五一部及び仕切復写簿六冊を差押え、各印刷機には封印を施して各使用を不能ならしめ、右の措置を総司令部民政局長に報告し、その執行行為の承認を得た。

しかして昭和二六年五月一四、五日頃、最高司令官はさらに「労働者」は「アカハタ」の同類紙であると認定したうえ「最高司令部民政局長をして特審局長の代理者たる特審局第三課長柳瀬乙三に対し口頭で同年五月二四日中に右「労働者」の発行停止に必要な措置を執るよう指令したので、特審局長は特審局局員をして同日原告会社社屋中大組室及び発送室の二室に封印を施させてその使用を不能ならしめ、その旨を総司令部民政局長に報告し、右執行行為の承認を得た。

昭和二五年七月二四日及び昭和二六年五月二四日の特審局員による本件各執行行為は、連合国最高司令官が日本政府に対しその国家統治権に基き「アカハタ」の後継紙又は同類紙の発行停止に必要なる措置を執行すべく命じたことによるものではなく、昭和二〇年九月二四日附「連合国最高司令官ノ権限ニ関スル訓令」によつて定められた最高司令官の権限に基き最高司令官の責任による直接の行為として、単にその事実上の執行を日本政府の総理大臣を通じ日本政府職員に命じてなさしめたのであつて、右は前記訓令にある連合国最高司令官の日本管理としては例外的な直接管理によるものであつた。

成立について争いのない甲第一三号証、(原本の存在についても争ない)第一八号証、証人阿部良之助、福田喜一郎、田中正己、小池静一郎、菊間健、原田新一、鈴木文人の各証言中右認定に抵触する部分は、前掲各証拠と対照すると指信することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三、以上認定したところによれば、本件各執行行為についてはその事実上の過程において日本政府職員が関与したことは認められるが、右は連合国最高司令官の固有の権限に基きその直接の責任においてなされたものであり、日本政府の統治権に基いてなすべきことを指定したいわゆる間接管理によるものでないのであるから本件各執行行為が間接管理によるものであり、日本政府の職員が被告国の公権力を行使するに際し違法のかどがあつたとする原告の主張は理由がない。

四、町しからば、連合国最高司令官の直接管理による行為であるとして公務員たる日本政府職員が最高司令官の機関として最高司令官の権限を直接に行使した場合には、その行使に当つて仮りに違法かつ有責に国民の権利を侵害しても、被告国に賠償責任を生ずる余地は全くないかというと、この点は然らずとしなければならない。

五、なるほど我が国が今次大戦に敗れた結果、我が国の統治権は連合国の管理下におかれ、連合国最高司令官は降伏条項実施のためには我が国の憲法にかかわりなく自由な措置を執りえたし直接管理をする場合にその事実上の執行を日本政府の機関をしてなさしめても、日本政府機関の行為は日本国憲法の領域外の行為として我が国の裁判所は裁判権を有せず、何人もこれを適法有効なものとして承認するのほかなくその効果を否定しえなかつたのであるから、直接管理による執行行為が挙示の日本国憲法の条項に違反すると前提する原告の主張は採用できない。

また、原告は本件各執行行為は「陸戦ノ法規慣例ニ関スルヘーグ条約」に違反すると主張するが、右条約は元来、交戦中の国家間における規定であり、降伏により戦争を終結し他の国家に占領された場合における規定ではないから、右条約に抵触するかどうかを判断するのは適当でない。

六、しかしながら、直接管理方式下においても、最高司令官の命令、指示が何人にとつても降伏条項実施の範囲外であることが極めて明白であるような異例の場合において、国の公権力を行使する地位にある公務員が国の公権力を行使するものであると見られる外形をとつて最高司令官の命令指示を故意又は過失によつて執行し国民に損害を与えた場合、及び最高司令官の命令指示が降伏条頂実施の範囲内であつた場合においても公権力を行使する地位にある公務員が国の公権力を行使するものであると見られる外形をとりつつ最高司令官の命令指示の範囲を故意又は過失により逸脱して執行し、国民に損害を与えた場合においては、その公務員の行為は民法、国家賠償法その他の我が国内法規の適用を受けるものと解しなければならない。

七、よつて直接管理下においてされた本件各執行行為について原告主張の国家賠償法の適用があるか否かについて判断するに、前掲甲第一、第一四、第一五号証及び前掲各証人の証言によると本件各執行行為は、外形上は国の公務力を行使する地位にある公務員が国の公権力を行使するものであるような状態においてされたことが認められるのであるが、本件に現れた総ての証拠によつても本件各執行行為の基礎となつた連合国最高司令官の指令が降伏条項実施の範囲外であること極めて明白な場合であるとか、あるいはまた公権力を行使する地位にある公務員が最高司令官の指令の範囲を故意又は過失により逸脱して執行したと認めることができない。かえつて公務員が最高司令官の指令の範囲を逸脱したか否かの点については前記認定のとおり本件各執行行為終了後特審局長は、執行内容を総司令部に報告しその承認を得ているのである。

しからば、本件執行行為については、国家賠償法その他我が国内法規の適用は受けないと言わなければならない。

八、最後に原告は、本件各執行行為の当時においては、右が直接管理方式による日本国憲法の領域外の行為であつたとしてこれに対する違法有責の判断を下しえなかつたとしても、平和条約が発効しわが国が主権を全面的に回復したのちにおいては、日本国憲法以下日本国内法令に従つて遡つて右執行行為に対する責任が問わるべきである旨主張するが、執行の時において適法であつた行為の効力が占領終了後不適法となるという法理は実定法上根拠がなく、右主張は採用できない。

九、以上の判断に従えば、国の公務員の公権力を行使するに際し違法かつ有責な行為があつたこと従つて本件には国家賠償法の適用あることを前提とする原告の本訴請求は、進んで他の点について判断するまでもなく失当として棄却しなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡正人 篠清 渡部保夫)

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